生まれて初めてラジオで紹介した本

石井千湖さま

こんにちはorこんばんは。北村です。
ラリー書評という名の公開交換日記、これから自分がどんなことを書くのか、千湖ちゃんがどんなことを書いてくれるのかわくわくしながら今、初めての返事を書いています。
お酒ねー。
私は、酔っ払うってことがほとんどないんだよね。気分良くなってきたな、くらいのところでやめるように何故か出来ちゃってる。もともと水分あんまり摂れないので量飲めない、っていうのもあるんだけど。
まあ、介抱してくれたり連れ帰ってくれる人がいないという、自制せざるを得ない状況が私をこんな淋しい女にしたんですな(笑)

さて。本題です。
ラジオ番組で本の紹介の番組を始めたのは、2003年の4月。
今年で丸5年になるのですが、いちばん最初に紹介したのは『ファイアハウス』という本でした。
9・11の同時テロの際、世界貿易センタービルに出動し、殉職した消防士13人のその日までの人生を辿ったノンフィクションです。
著者はピューリッツア賞作家のデイヴィッド・ハルバースタム。初回のオンエアだから、ジャーナリスティックな本を取り上げて知的なイメージを打ち出したいと思ったのかもしれません。
しかし──昨夜、棚から録音テープを取り出し久々に聴いて、声も話口調も内容も全てダメダメだったことに驚いてしまいました。
面白いとか素晴らしいとか、賞賛の言葉をいくら重ねても、喋り手の興奮と思い入れが押し付けがましく響くだけで、中身はなんにも伝わらない。
当時だって一応喋りのプロだったはずなのに、こんなんだったんかよオイラは……と、思いがけず反省の一夜となってしまいました。

「書評」というものをはじめて書いたのは、番組を始めてから1年半後の2004年の秋でした。
書評講座の前身の、「豊崎由美の年収600万円の万能ライター講座」を受講していたときの課題(絲山秋子さんの『海の仙人』)。あれが初めてだったんですよ。
千湖ちゃんとはこの講座から一緒だったよね。そのときはあまり話をしなかったけれど、今はねにもつ関係にまで発展し(笑)嬉しい限りです。
私も全文載せてみます。

 地味なタイトル、おとなしい色の装丁。外見だけ見ると、爆発的に売れる本ではないだろうなぁと思ってしまう。しかし、その地味さに負けず(?)書店のカウンターまで持って行った人は幸運です。温かくもせつない、至福のひとときが約束されているのだから。
 舞台は福井県敦賀市。「原発」のイメージが強い敦賀は、半島沿いに美しい砂浜と海を持つ街でもある。主人公の河野勝男は<どこにいても海の気配が感じられる>敦賀を心から愛する無職の33歳。都心のサラリーマンから一転、釣りと料理と洗車だけが日課のひっそりとした生活を手に入れられたのは、3億円の宝くじに当たったから。
 物語は彼と「ファンタジー」の出会いからはじまる。ファンタジーは、神様。と言っても奇跡が起こせるわけではなく、たまに哲学的なことを言うだけのひょうひょうとしたおっさん。ファンタジーの存在気配をそこはかとなく感じていた河野は、あぁ、来たのか、とすんなり彼を受け入れる。それから数ヵ月後、河野の前に、ファンタジーが予言した<運命の女性>中村かりんが現れるのだが……。
 河野、かりん、そして、河野を想い敦賀までやって来る元同僚の片桐妙子。登場人物は皆それぞれの孤独を貼り付けて生きている。それゆえ、彼らは最初からファンタジーをファンタジーとして認識し、違和感なく接する。ここがまず、面白い。ファンタジーは彼らの孤独に寄り添うが、癒すことはできない。片桐は言う。「孤独は誰もが背負っていかなきゃならない最低限の荷物だ」。しかし片桐も、かりんの方を向いている河野の気持ちを欲せずにはいられない。河野は幼い頃から抱えてきた心の傷を、かりんにではなく片桐にだけ打ち明けたりする。甘えを受け止め、叶わぬ想いを自分の中で正しく処理できる女はつらい。親友としてきちんと振舞いつつ、期待を捨てずにいる片桐のいとおしさと言ったら!
 物語は後半、かりんを襲う思いがけない出来事を中心に進んでいく。河野の心の傷がその出来事の遠因にもなっている。この作品が数ある恋愛小説と一線を画しているのは、河野がかりんとの恋愛で「どう変わるのか」ではなく「どう変われないのか」を描いていること。変わることと前に進むことは違う、と作者は明快に教えてくれる。
 ほどよく乾いた感触の文章が導く先に、伏線を生かした驚きのラストが待っている。ページをめくるうちに、あなたの胸の中にもいつしか優しく波打つ敦賀の海が生まれてくるだろう。その海は最後、あなたの目を通して、静かに流れ出てくるに違いない。

ああー、最初なのにこんなに長くなってしまった。そうそう、芥川賞直木賞、発表されましたね。ぜひ千湖ちゃんの感想と作品の評価をお聞かせください。

北村浩子

海の仙人 (新潮文庫)

海の仙人 (新潮文庫)