第138回芥川賞&直木賞

北村浩子さま

こんばんは、石井です。
とりあえず、初回分を書いてひと安心。と思ったら、返事速っ。ありがとうございます。このラリー書評。私も今後どう転がっていくのか楽しみです。なるべく愚痴を書かないようにがんばります。気を抜くとダダもれるので。

北村さんの初書評は『海の仙人』だったんですね! 私も書こうとがんばったのですが、結局はどうにもこうにもまとまらず、断念したおぼえが。敦賀の海と、砂をしきつめた家に惹かれました。運転できないけどドライブしたくなったり。

で、本題です。
芥川賞直木賞の選考結果についての感想と、作品の評価をということでしたね。
ニュースを見て、本当に良かったなと。両方とも、候補作のなかで、一番面白いと思った作品だからです。
『私の男』は、美しいものは腐るんだけど、腐ったものが美しいこともあるというところがいいなと。詳しい評は既に仕事で書いているので、「乳と卵」の印象に残ったところを書いてみます。

東京の三ノ輪に住んでいる語り手のもとに、大阪から姉の巻子が娘の緑子をつれてやってくる。母親とも叔母とも口をきかない緑子の手記で始まるんですけれども、そこでもうぐっと引き込まれるんですよね。例えば、

○ 卵子というのは卵細胞って名前で呼ぶのがほんとうで、ならばなぜ子、という字がつくのか、っていうのは、精子、という言葉に合わせて子、をつけてるだけなのです。

〈ならばなぜ子〉って名前みたいとか。この○はなんなの? とか。

いや、という漢字には厭と嫌があって厭、のほうが本当にいやな感じがあるので、厭を練習。厭。厭。

というくだりの〈厭。厭。〉も好きです。音だけではなく字面も読んでいてみょうに気持ちがいい。

巻子の上京の目的は豊胸手術で、小学校6年生の緑子は初潮について気になる諸々をノートに書きつけている。まさに乳と卵の話。“乳”は巻子が銭湯で胸を見せる場面の、色や大きさ質感までバッチリ浮かんじゃう乳首の表現に笑いました。オレオでアメリッカンチェリー(小さい“ッ”がいい)でペットボトルの口!! 容姿の悩みは本人以外にとっては滑稽で、巻子はそれがわかっているみたい。“卵”は生理。緑子の友達が使用済ナプキンを開いてみた、なんてエピソードはちょっと生々しかったです。語り手も作中で生理が始まって、布団を汚したりする。きわめつけは、クライマックスの、巻子と緑子がお互い自分の頭にどんどん卵を叩きつけて割る“排卵”シーン。母と娘が初めて感情をぶつけあうんだけど、言葉であらわせなくて、卵まみれになりながら泣く、という。切実なのに可笑しみもあって好きです。

それから「群像」の合評でも読んだ人のブログでも、「たけくらべ」オマージュという説があって。緑子=美登利、語り手(夏子という名前があとでわかる)=夏(一葉の本名)。五千円札も出てくるし、と。驚きました。私は緑子って嬰児(みどりご)から来てるのかなと思っていたので。再読するたびに発見がありそうですね。

それにしても緑子の父親って、酷いと思いません? 巻子になんで自分と別れなきゃいけないことはわかっているのに子どもを作ったのかと問われて、

子どもが出来るのは突き詰めて考えれば誰のせいでもない、誰の仕業でもないことである、子どもは、いや、この場合は、緑子は、というべきだろう、本質的には緑子の誕生が、発生が、誰かの意図および作為であるわけがないのだし、孕むというのは人為ではないよ

と答えたという……。じゃあ、孕むというのは何為だよ!? ちょろっとしか出てこないのに、インパクトのあるダメ男でした。

ダメ男小説はいろいろありますけれども、北村さんがこれぞ究極のダメ男と思うキャラクターを教えてください。

石井千湖

文学界 2007年 12月号 [雑誌]

文学界 2007年 12月号 [雑誌]