候補、ダメ男の宝庫?

石井千湖さま

ダメ男!
まだ2往復目なのに、もったいないくらいいいネタですねー(笑)。
ぱっと思い浮かんだところでは、武者小路実篤『お目出たき人』の<自分>、『友情』の野島、谷崎潤一郎痴人の愛』の譲治、森鴎外舞姫』の豊太郎……ベタすぎ!てか昔の作品ばかりですね。現代の作品にもいーーっぱいいるはずなのに(と思って本棚を見たら目に入ったのが内田春菊の『キオミ』。彼女の作品に出てくる男は全員がダメ男ですが)。千湖ちゃんが書いてた、『乳と卵』の巻子の夫(緑子の父)はたしかに、ほんのちょっとしか出てこないのに「ヤな男!」と思わせるキャラでしたね。ところが、それだけじゃない! 今回の芥川賞候補作、実はダメ男の宝庫なんじゃないの? って気がしてきたのです。『乳と卵』については千湖ちゃんが解説してくれたので、他の作品のダメ男をピックアップしてみます。
まず、楊逸の『ワンちゃん』。
主人公の中国人女性、ワン(王)ちゃんの元夫、息子、そして現在の日本人の夫。みんな見事なまでにダメ男です。元夫はワンちゃんが妊娠中に浮気をし、離婚後も働き者のワンちゃんが稼いだお金を、息子の名前を引き合いに出してはかっぱらっていくような下衆野郎。どこに逃げても居場所を突き止めては追ってくるので、疲れ果てたワンちゃんは婚期を逃した日本人のおじさんと結婚し四国へ。ところがこいつがまた、普段はなにも喋らないのにいきなりワンちゃんに缶ビールを投げつけたりする突然豹変男なんですよね。ワンちゃんの男運の悪さは配偶者だけにとどまらず、18歳の息子も父に似た最低の人間に成長していて、ワンちゃんが日本からお土産に買ってきたCDプレイヤーを「今はipodだよ」と鼻で笑い、高いレストランに連れて行ってお金を払わせ小遣いをせびる。極めつけは「あんなに働いて、なにか良いことあった?」などと、ワンちゃんが一番傷つくようなことを言ったりするのです。あ、そう言えばちろっと出てくる現在の夫の兄も、ワンちゃんを性的対象と見るようなキモいおっさんだった。よくぞここまで、というくらいダメ男がぎっしり詰まっている小説です。
西村賢太『小銭をかぞえる』。
デビュー作『どうで死ぬ身の一踊り』から続くシリーズですが、まったく、この主人公はなーーんにも変わっていなかったんですね。大正時代の無名作家・藤澤清造の全集を刊行しようという大きな夢を持っているのはいいけれど、印刷屋への内金が払えず古本を売りに行ったものの手に入ったのはたったの五千円。昔の友人が勤める地方の郵便局に足を運び、懐柔して金を貸してもらおうと思ったのに色よい返事がもらえず、脅迫するわ(「女房に客とらしてでも金を作って持ってこい!」)悪しざまにののしるわ(「郵便屋ふぜいが!」)で百円たりとも貸してもらえず、結局は同居している女性の親にまた援助してもらうことに。これだけでも十分ダメ男なのだけど、主人公のダメダメ本領発揮は後半で、彼女と食事をしようと池袋で待ち合わせをしたとき<ツイードの小さめなショートパンツを無様に股間に食い込ませて>いる黒髪の女に目がいき、それに比べて自分の彼女は<小柄なちんちくりん>で<ノロマ気>で<子供臭い><むく鳥>だと形容するのです。で、最後はお決まりの大ゲンカ。この男にはいつまでもこのままの最強ダメ男でいてもらいたいと心から願います。永遠のワンパターンってなんか心地いいのだもの。
またまた長くなってしまうのでここからは端折りますが、津村記久子『カソウスキの行方』に出てくる、主人公の女性会社員イリエの同僚の森川というバツイチ男も、そんなに親しくもないイリエに「元妻に会って、離婚直前に妊娠してたかどうか話を聞いてきてほしい」なんて甘えた頼みごとをするダメ男だし、田中慎弥『切れた鎖』の、語り手の年配女性の夫も、コンクリートで財を成した家に婿入りしてきた立場なのに浮気をし、義理の母親に大量の塩や洗濯洗剤で身体を洗われてしまう悲しく情けない男だし、山崎ナオコーラ『カツラ美容室別室』の主人公の<オレ>も、親しくなった美容師の女性とたまに出かけたりするものの<疲れる女といるよりも、家で牛乳を温めるほうがいい>なんてつぶやいたりするヘタレ男だし、中山智幸『空で歌う』に至っては、妻に出張だと偽って、亡くなった兄の元恋人の女性と鹿児島旅行をする主人公はなんと、ホテルで女性に迫って断られ<「とりあえず、一回だけ、やりません?」>などとたわけたことをぬかす馬鹿野郎なのです。とりあえず、って……(苦笑)
これだけダメな男が登場してくる今回の芥川賞候補作だったのですが、ダメ男の中にも、愛すべきダメ男と嫌悪感をもよおさせるダメ男と、ふたとおりありますよね。てなわけで、この話題、もうちょっとひっぱってみたいです。千湖ちゃんの頭に浮かぶダメ男、ぜひ教えてください。

北村浩子

ワンちゃん

ワンちゃん