がんばる女子をそっと応援する本

石井千湖さま

「人生はいまいましいわなです」
というセリフに、10代の千湖ちゃんは“ぐりぐり”と線を引いていたのですね。わなだよなー、確かに(笑)。私も、哲学的な匂いのする言葉を本の中に探しては日記(!)に書きつけていた暗い時代があったなあ……その頃のことを思い出すと、なんというか、もし自分に運動神経というものが備わっていたら、自分はこんなに言葉に寄りかからなかったんじゃないか、と思ったりすることがあるんですよ。理論武装したがったのは、スポーツが全くできなかったからなんじゃないかって。いまだに自転車にもまともに乗れないくらい、私はとにかく運動全般がだめなんです。子供の頃、毎晩ひとりで学校に行って鉄棒の練習をしたりもしましたが、手のひらや太ももから血が出るほど練習してもできなかった。あれ、誰かがコツを教えてくれたら、できたのかなあ?
 ……って、こういうこと書いてるから長くなるんですね。本題にまいりましょう。
えー、「本好きの女子が幸せになる本」。なるほど、ねにもちたくなるほど難しいお題ですね(笑)
*「本好きの女子」である読者が読んで「幸せになる本」
*「本好きの女子」である主人公が結果的に「幸せになる本」
 うーん、どっちかな、どっちにしよう、とバレンタインでにぎわう横浜駅の地下街にある書店をうろうろしながら考えているうちに思い浮かんだのがこの本でした。中島京子さんの『ココ・マッカリーナの机』です。
 かつてティーン向け雑誌の編集者として激務をこなしていた中島さんが、ある日手相見の女性に「まぁ、なんてかわいそうな手。やりたいことがあるなら、自由になりなさい」と言われるところからこのエッセイは始まります。数ヶ月後、中島さんは会社を辞め、日本文化を教える教育実習生としてアメリカはワシントン州の学校に赴任していました。教会が経営するこの学校で、3歳から14歳までの生徒や同僚の先生たち、またホストファミリーと過ごした1年間が彼女にとってどんなものだったかが書かれているんですが、これがとても感じのいい記録なんです。
 ひねくれた男の子が授業で作ったやきそばですこし心を開いてくれたとか、小林一茶の俳句が小学生に思いのほかウケたというような話もいいのですが、バス停でバスを待つ間に、海軍をやめたばかりの青年と交わした会話を綴った「ネイビー」、また、67歳の老婦人がボーイフレンドについて語る「あの人、ちょっと私に優しいと思わない?」と題されたエピソードなどはもう完璧に素敵な短編小説。“30代の女性がアメリカで先生に!”というと奮闘記っぽいものを想像しますが、猪突猛進感はほとんどない。教育論とか文化論めいた記述もあまりありません。体験から安易に“らしい”結論を導きだそうとしていない姿勢が、なんとも好ましい1冊なのです。
 本好きの女子って、おしなべて前向きな面があると思うのですよ。そんな女子が、たとえばルーティンな生活を変えたいなあと思ったときにこの本を手に取ったら「ああ、自分も頑張ろう」と素直に思えると思いますし、著者の中島さんは作家だから絶対に本好きだと思うので(笑)そんな元会社員の女性が新しい場所で幸せになった話、という意味でも、お題に相応しい本だと思います。
 本篇を読み終わったときの「読んでよかった」という気持ちがさらに補強される解説も必読です。最後の一行は著者への語りかけなんですが、まるで自分に向けて言われているみたいで、なんだか嬉しくなってしまう。ココ・マッカリーナというのが誰か、ということも含めて、ぜひ読んでみてくださいね。
 そう、解説。文庫本は、解説もすごく大事ですよね。立つ鳥跡を濁した、みたいな(?)解説もあるし、この人にしか書けないな、と思う解説もある。というわけで次回は、解説にまつわるエトセトラ、というお題でいきたいと思います。中身より解説の方がすばらしい、なんて本も、あったら教えてほしいなあ〜♪
 北村浩子

ココ・マッカリーナの机 (集英社文庫)

ココ・マッカリーナの机 (集英社文庫)