文庫解説が好き。(2)

北村浩子さま

続きです。(1)で取り上げた文庫解説だけを集めた本を読むと、作品と解説者の組み合わせって大事だなあと思います。雑誌や新聞の書評と違い、解説は作品とセットで読まれる。だから、

解説は、著者を勇気づけて気持ちよくさせ、なおかつ読者をおもしろがらせる必要がある。〜『解説屋稼業』(鹿島茂著、晶文社)より〜

のでしょう。著者を勇気づけるためにプライベートで親交の深い書き手が選ばれることも多いですが、単なる仲間褒めにしか見えないと、読者は引いてしまいます。解説者は、ある程度の距離感、緊張感を持ちながら、著者に思い入れがある人だといいのかなと。
最近出た文庫で、この組み合わせはぴったり! と思ったのが、先ごろめでたく復刊された倉橋由美子『聖少女』(新潮文庫、解説:桜庭一樹)です。

聖少女 (新潮文庫)

聖少女 (新潮文庫)

『聖少女』は、解説の言葉を借りるなら〈この国で書かれたもっとも“重要な”少女小説〉のひとつで、〈近親相姦を巡る万華鏡の如き物語〉。1960年代の東京を舞台に、主人公の青年Kと不思議な少女・未紀の出会い、そして未紀と“パパ”の謎めいた関係が描かれていく。なぜ謎めいているかというと、未紀は交通事故で記憶喪失になり、“パパ”との関係は彼女が綴っていたノートでしか知ることができないからです。未紀にノートを託されたKは、その記述の真偽を探っていきます。この作品を少女小説の書き手として評価が高く、〈近親相姦を巡る万華鏡の如き物語〉『私の男』直木賞を受賞した作家が解説する。面白くないわけがありません。

いま、血を流しているところなのよ、パパ。なぜ、だれのために? パパのために。そしてパパをあいしたためにです。もちろん。

未紀のノートの冒頭の文章。処女喪失を描いて鮮烈な一節を桜庭さんは引用し、少女の脳内世界にとって近親相姦とは何かを読み解いています。それは、罪によってままならぬ現実や俗物たる大人たちの頭上を越え〈偽の神〉になるための〈秘密結社めいた、暗黒のままごと遊び〉であり、父親は〈手に手を取って堕落してくれる、ただ一人の友〉だと。

このくだりを読むと、桜庭一樹の、特に『私の男』の読者は、否応なく『聖少女』を読みたくなるはず。“パパ”と“おとうさん”のニュアンスの違いを考えてみるのも楽しいです。桜庭さんは『聖少女』のすごさを伝えるのに徹していて、自分の作品には一言もふれていませんが、『聖少女』の読者も桜庭一樹の作品を読みたくなるでしょう。これだけ『聖少女』を愛し、魅力的に紹介してみせる人はどんな小説を書くのかと。2作とも未読、という人は両方読みたくなるのです。もちろん。

さらに桜庭さんが『聖少女』とともに三大〈危険で、おかしくって、畏れを知らず、ルナティックな、そして永遠の、素晴らしき哉、少女小説!〉としてタイトルを挙げている『第七官界彷徨』(尾崎翠著、ちくま日本文学全集尾崎翠』所収)と『甘い蜜の部屋』(森茉莉著、ちくま文庫)も読みたくなると思います。ちくま文庫版の解説者は両方とも矢川澄子で、これまた名解説なのですが、さすがに長くなりすぎなのでこの辺で。

尾崎翠 (ちくま日本文学 4)

尾崎翠 (ちくま日本文学 4)

甘い蜜の部屋 (ちくま文庫)

甘い蜜の部屋 (ちくま文庫)

さて、次のお題ですが、今年、講談社文芸文庫が創刊20周年なんだそうです。倉橋由美子『スミヤキストQの冒険』を復刊し、他の文庫では出せないような作品を刊行してくれている講談社文芸文庫を“ねにもって”応援したい! というわけで、北村さんが選ぶ講談社文芸文庫この1冊でよろしくお願いします。

石井千湖