『ジョン・レノン対火星人』
- 作者: 高橋源一郎,内田樹
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2004/04/10
- メディア: 文庫
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あまりのヤバさに、鏡の前で鳥肌が立った。こいつ、イってる。半開きの目、もれそうな声。オノヨーコは完全にイってる。ジョンはそれを撮った(撮られた)5時間後に撃たれて死んだ。悪くねえとおれは思った。自分の女にこんな顔をさせられたら、死んでも悔いはねえんじゃねえの、なあ。おれはジョンってやつを見直した。見直すほど知ってたわけじゃねえけど見直した。雨ガッパみたいなケープの中で少し興奮した。こいつはすげえ男だったんじゃねえかと思った。
そんで、偶然にこの本を見つけた。目立つところにあったんだ。驚いた。千いくら? 文庫本の値段じゃねえよ、ざけんなよ。4,5ページ読んでおれは不安になった。6,7ページ読んで怒りが沸いてきた。わからねえ。なに言ってんだかさっぱりわかんねえ。刑務所の野球チームの三塁コーチが出すサイン……左のきんたまを2度、右のきんたまを1度握るサイン……が「ジョン・レノン対火星人」? おい、ジョンが火星人と戦う話じゃねえのか、これは。このタイトルならそうとしか思えねえだろ? そう思って買うだろ? なにがどうして『ジョン・レノン対火星人』なんだよ?
どうやら話の主人公はポルノ作家らしいんだが、そいつが「すばらしい日本の戦争」って名前のやつから手紙をもらうところでおれは怒るのをやめて探すことに決めた。ジョンをだ。ジョンが出てこなけりゃ買った意味はねえ。おれは目玉をむき出しにして探したが、207ページ(最後)まで読んで脱力した。火星人と戦うはずのジョンは出てこなかった。石野真子だのテイタム・オニールだのパパゲーノだの、出てくるのは知らねえ名前のやつばかりで、しかも、これっぽっちも内容はわからなかった。ポルノ? 性交だの性器だの手淫だの、そんな単語で興奮できるかっつーの。
それは、奇妙なものでなければならなかった。考えうる限りバカバカしいものでなければならなかった。最低のもの、唾棄されるようなもの、いい加減なものでなければならなかった。この世の人すべてから、顰蹙をかうような作品でなければならなかった。グロテスクでナンセンスで子供じみていなければならなかった
脱力ついでに「筆者から読者へ」を読んだらそう書いてあった。そうか、苦情は受け付けませんってことか。ざけんなよ。言い訳すんなよ。唾棄ってなんだよ。活字にエネルギーをすっかり吸い取られたおれはそれをゲームソフトの山に放り込んだ。
表紙の角が反ったその『ジョン・レノン対火星人』を今、こうやってほこりを払ってめくってるのは、さっきこの部屋に来た女が「へー、タカハシゲンイチロウなんか読むんだ」と言ったからだ。あー、まあ、とごまかしつつ、おれはその女の目の中におれに対するリスペクトみたいなものを見た気がして、かなりいい気分になった。なんだよ、本も役に立つことがあるんじゃねえか。わけわかんなくてもオッケーじゃねえか。おれは思った。あの女を次にこの部屋に呼んだとき、オノヨーコみたいな顔をさせてやる。次じゃなくても、いつか。
石井千湖さま
いやー、そんなわけで講談社文芸文庫を探してみたらこの『ジョン・レノン対火星人』と、志村ふくみさんの『一色一生』しかありませんでした。ほんと、文芸作品を読んでいないことがばればれですね。本好きとか言いながら素地ってもんがなくてお恥ずかしい限りです。
でも、ちょいと値段は高くても復刊してくれる文庫があるのはありがたいですよね。番組を始めて気づいたのが、絶版になってる本の多さ。えー、これも? とショックを受けることたびたびです。次回は「これ復刊して!」で行きたいと思います。なんか私のお題は、千湖ちゃんに対して優しすぎる、かしら?
p.s.『永遠の文庫「解説」傑作選』買いました!これ、「名作選」もあったんですねー。*1
*1:石井よりお詫び。すみません、私が間違えて「傑作選」にリンクを張ってました……。紹介したのは「名作選」です〜