直視できない

石井千湖さま
>結婚小説はハッピーエンドになりにくいのでしょうか。
映画はむちゃくちゃ多いのにねえ。
主人公が結婚してちゃんちゃん、って終わる小説ってあるんでしょうか。もちろんあるんでしょうが、全く思い浮かびません。美人キャリアウーマンと冴えないライターのカップルの怒涛の結婚生活を綴った篠田節子の『百年の恋』という作品があって、これはすごく気持ちのいいハッピーエンドになってるんですけど、どちらかというと出産小説なんですよね(久田真紀さんにぜひレビューして欲しい!)。
千湖ちゃんが紹介してくれた『私的生活』、実はまだ読んでいないんです。『言い寄る』が文庫で絶版になっていたとき、どうしても読みたくって、3部作が収められた田辺聖子全集を買ったんですが、『言い寄る』を読んだらあまりにもよくって、続きはもったいないからとっておこうと(笑)。面白いのは分かってるからいつかまとめて読もう、そんなキープ本・作品は増えるばかり。でも思い切って読まないといけませんね。Someday never comesというし。
さて、今回のお題の「お気に入りの装幀」なのですが、実は、表紙がものすごく怖くて直視できない本があります。私の大好きな作家の、しかもサイン本なのに、本棚から取り出すことができない。
思い切って、今から隣の部屋に行ってその本を取ってきます。
何年ぶりだろう。本気で怖いです。
うう……。
やっぱり怖い。
怖い理由が分からないからなおさら恐い。

ゲルマニウムの夜

ゲルマニウムの夜

宗教画家・フランシス・ベーコンの「{磔刑のキリストの足元の人物の三つの習作}より」という絵。著者はあとがきで担当編集者がこの絵を持ってきたとき<昂ぶった>と書いています(単行本ですが、あとがきがあります)。
ビールを飲ませるだけ飲ませて身体中の穴という穴を塞ぎ殴打する。
石を口に突っ込めるだけ突っ込んでガムテープで塞ぎ殴打する。
花村萬月が書く、それこそ映画だったらR18以上になりそうな暴力シーンを私はかつてうっとりしながら読んでいました。一生、絶対にしない(できるわけがない)のに、そういうやり方があると知っているだけで自分は武器を隠し持っているような気がした。大嫌いな人間がいても、その口に石を突っ込んで……と想像するだけで心が穏やかになった。何かの作品で花村さんは「本は弱者の拳なのさ」と登場人物に言わせていましたが、「拷問の知識」は私の小さな拳でした。
ひとをふたり殺し、22歳で修道院兼教護院に戻ってきた青年・朧(ろう)を主人公に据えたこの芥川賞受賞作『ゲルマニウムの夜』は、現在も続く王国記シリーズ(先月、第7弾の『神の名前』が発売されました)のオープニング。目に沁みるほどの、強烈な含羞が漂う作品です。この、表紙のオレンジ色も、決して派手ではないのになんだか目に沁みる。そして、人間の顔ともつかないものを先端にくっつけた、恐竜のような説明しがたいこの動物──。
なぜなんだろう。なぜ恐いのか。この絵をものすごく怖いと思うのは私だけなんでしょうか。
えー、ひとりで怖がっているのもなんなので、次回は「恐い話」でいきたいと思います。あからさまじゃないのに恐い話、恐い小説を教えてください。
キーを叩いているのに、すっかり指先がつめたくなってしまいました。
北村浩子