『変愛小説集』

変愛小説集

変愛小説集

今までわりと直球テーマな本が続いたので、変化球をば。→「牛を感じる」とかぶっちゃった、ごめんなさい。

『変愛小説集』は文芸誌「群像」に連載されていた翻訳短編小説を1冊にまとめたもの。収められているのは、訳者である岸本佐知子が気になった「ちょっと“変”な“愛”についての物語」ばかり。だから「変愛」。決して「恋愛」の誤植ではございません。

読んでみると、ちょっとどころか、ものすっごい妙ちきりんな話ばかり。のっけから1本の木に一目ぼれしてしまうお話ですよ? そう、木ってあの木です。同棲する恋人がいるにもかかわらず、主人公は寝ても覚めても木のことばかり想い続ける。一日中ロフトに上って窓から木を見つめている主人公。そしてそんな突飛な心変わりをした主人公をなおも愛している恋人。かなわぬ恋に落ちてしまったせつなさ。好きなひとが自分ではないほうを見てしまったせつなさ。対象が人間ではないというだけで、他は純然たる恋愛小説として読めます。というか、そこらの人間相手の恋愛よりもよっぽど美しい。最後のシーンには本当にうっとりとしてしまいます。

また、皮膚の一部が宇宙服になってしまう奇病が蔓延する「僕らが天王星に着くころ」なんていう話も。徐々に宇宙服の部分が体中に広がっていって、全身が宇宙服になってしまうと、本人の意思によらず宇宙へ飛び立っていってしまうというSFチックな設定。愛するひとがその奇病に冒され、別れの日がくるのをいやでも感じざるを得ない。なんとかして地球に引きとめようとするシーンは必死で滑稽で、それだけに哀しい。

そんななか「まる呑み」という短編に注目。庭の芝刈りにくるクリスという年下の恋人と人目を避けて逢瀬を重ねる、人妻の主人公。こそこそ隠れてキスをするうちに燃え上がっちゃって、ディープキスをしたらディープすぎてクリスをすぽっと飲み込んでしまう。吸引力強すぎだろ!というツッコミはさておき、思いのほか彼女の体内の居心地がよかったのか、なかなかクリスは出てきてくれない。あげく若くて精力あり余るクリスは、あろうことか〈適当な腔(あな)や器官や筋肉を見つけ、せっせと励みはじめる〉始末。〈すっげえイイんだよ。あんたの大静脈、めっちゃ具合いい!〉ってクリスのばか!(笑)

このふたりの結末がいったいどうなるかは本書を確かめていただくとして、この愛しい対象をすっぽり〈まる呑み〉状態ってまさしく妊娠そのものではないかと思った次第。クリスが臓器をいろいろとイタズラしたりするのですが、胎児も下腹部に収まってるだけだと思ってたのに、実際は脇腹や恥骨を思わずうずくまるほど激しく蹴り上げたり、モノが食べづらいほど胃を押し上げたり、洋服の上から見てわかるほどゴロゴロ動き回ったり、クリスの動きはまさに胎児のそれ。

さらに、愛しい対象をすっぽりと体内(≒胎内)に収めたときの、文字通り「一心同体」で、他の誰にも邪魔されない/させないという安心感。それから、胎動を感じたときの、この感じはこの子と私以外誰もわからないんだなという、秘密を共有したようなよろこび。たいへん不謹慎な表現かもしれませんが、愛する人を“監禁飼育”しているような、完全に閉じたふたりきりの世界がそこにはあるのです。また、クリスが年下ということで、余計に主人公が恋愛感情のみならず母性を見せているような気も。

もちろんふつうに読んでもたいへんに素敵で少し切ない短編ですが、そういう視点で読んでみると新しい発見があるかもしれません。訳者の岸本さん曰く、クリスは「男の母胎回帰願望も表しているのではないか」とのことで、なるほど、また新しい読みができそうです。