『定本 育児の百科』(中)

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暑さでノビていたら、またもや更新が滞ってしまった。いやはや。夏の育児をナメてました! すいませんでした!(誰に?)

さて、今回はあの松田道雄先生の『定本 育児の百科』が満を持しての登場です! もう泣く子も黙る、育児書界における名著中の名著。事実、妊娠中からあらゆるひとに薦められ続けていました。しかし、著者が故人であること、また内容も古くなってしまっていたこと(初版が1967年!)から絶版(泣)。仕方なく他の育児書を購入したのですが、なんとひっそりと今年1月に岩波文庫から三分冊で文庫化されていたではありませんか!! なんだ! 早く言ってよ、もう!!

で、改版のたびに手を入れていたとはいえ、40年以上も昔に書かれた育児書がなんでそんなに絶賛されるのか全然わからなかったのですよ。だってつい10年くらい前までは「頭の形がキレイになる」とかいって、乳児をうつぶせに寝かせるのが流行っていたのに、今ではSIDS乳幼児突然死症候群)の一因だといって厳禁に。また、骨の成長を促すからと日光浴も奨励されていたけど、今では骨の成長のメリットよりも紫外線のデメリットのほうが大きいからと、乳幼児を直射日光にさらすのはタブーになってます。たかだか数年でこんなんなんだから、どう考えてもこの本に書かれているのは、今では役立たずで時代遅れな内容ばかりだと思うのが当然でしょう。

しかーし、一読してもう目からウロコがぽろぽろ、いや、ウロコに続いて涙もぽろり。素晴らしいのは育児についての具体的なノウハウじゃなくって、この先生のスタンスであったのです!

たとえば離乳食初期のはなし。いまの育児書では「離乳食は赤ちゃんに食べる楽しみを知ってもらうためのもの。おかあさんは頑張って手作りでおいしいものを作ってあげましょうね」というのが一般的な立場(もちろんたまには市販のベビーフードを使ったり、作り置きしたりするのも薦めているけど)。慣れない離乳食生活に、母親は文字通り朝から晩まで離乳食のことばっかり考えてしまう羽目に。

ところが松田先生に言わせれば〈人生万事離乳の生活をしてはいけない。赤ちゃんにとっても、食べることは人生の楽しみの全部ではない〉。あ、そ、そっか。そうだよね! とここでウロコがぽろり。こんな単純なことを忘れるくらい、離乳食期の母親って追い詰められがちなんですよ! また結構凝っちゃうおかあさんもいるんだけど、〈つくる楽しみは母親だけのもので、赤ちゃんはそのあいだ放っておかれるだけだ。裏ごしだのすり鉢だのをつかって、あまり手のかかる離乳食をつくるのに賛成しない。それだけの時間を赤ちゃんの鍛錬にまわしたい〉。こんなこと書いてる育児雑誌、今ないっすよ。

さらに離乳食のレシピ本(そんな本が世にはゴマンとある)には、赤ちゃんがいろんな食材を食べられるように、相当手の込んだレシピも載ってたりするのだけど、〈配色をよくしたり形をおもしろくしたりすることでは赤ちゃんはだまされない。〉とピシャリ。そのうち食べるようになるから焦りなさんな、と先生はいつだって鷹揚だ。

育児をするひとなら誰しもが一度は悩む「寝かしつけ」についての先生のスタンスも素晴らしい。添い寝をするかしないかは〈めいめいの家庭が平和にいくようにという立場からかんがえるべきである。そのとき、親のほうの主体性を見失ってはならない〉*1『あかちゃんのドレイ。』という自虐的なタイトルの漫画がヒットするくらいだから、つい親は「子どものしあわせ」という大義名分の下に自分を犠牲にしてしまいがち。でも親がしっかりと立ってないと、家庭もぐらついちゃうよ、と先生は警鐘を鳴らしている。

そして子どもの寝る時間についても、今では「21時までにはなんとか寝かそう! 父親の帰宅前でもしょうがない! 週末遊んでもらおう!」とこれも大鉄則のように謳われているけれど、そうすると母親がひとりで寝かしつけを担う羽目になる。ところが、松田先生は〈父親が帰ってきて、よろこんであそび、その楽しさでねつかれないというのなら、8時にねて父親をほとんど知らないですごすより、10時まであそんだほうがいい〉と臨機応変な構え。

そう、この本が教えてくれるいちばんのキモは【臨機応変】【ケースバイケース】ってことなんですよ。というのも、つい先日よく覗く育児のお悩み系掲示板で「『母乳は2歳まであげよう』とWHOで推奨されているけど、母乳分泌過多でどんどん痩せていってしまい、30kg台にまで体重が落ちてしまった。今は子どもと遊ぶ体力はおろか、家事もできない。これでも母乳をあげなければいけないのだろうか」と悩んでいる1歳児のお母さんがいたのです。これ、傍から見てると「いやいや、もう止めちゃおうよ! お母さんが楽しんでない育児なんて、子どもにもよくないって! ていうか、死ぬし!」って客観的に判断できるんだけど、当事者になるとさっぱり判断力が鈍っちゃうのが育児なるものの厄介なところ。

育児はいまだに「これ」といった方法が確立されてない(そしてこれからもされない)から、いろんな主張が跋扈している結構アヤシイ分野だとつくづく思う。もう朝令暮改なんて当たり前、さっき読んだ本と今読んだ本が正反対のこと言ってるなんて日常茶飯事。ほんとに途方に暮れちゃうんだけど、要するに大切なのは、自分の子どもとしっかり向き合って、ちゃんと子どもが、そして自分自身も笑えてるかな、楽しいかな、元気かな?ということを念頭に置きながら、その場その場でやり方を探していくフレキシビリティなんだよね。

確かに離乳食開始時期や排泄の仕方(便器でさせてんの!)など、今では全然通用しない話もたくさんあるんだけど、そこらへんも取捨選択するリテラシーを持って、是非この名著を読んでほしいと思います! ありがとう、松田先生!!!

*1:この場合、夜泣きする子どもにつきあって父親まで夜中つきあってやると、翌日の仕事に響いて「家庭を支える」という大仕事に支障が出る。それならば、母親は無理に父親と寝るのではなく、(西洋式には反するが)子どもと添い寝すればいいじゃないか。それで子どもも父親も満足に寝られて、自分も部屋を行ったり来たりしなくて済むならそれでいいじゃないかという話。まだ共働き率が低く、お父さんが立派な“大黒柱”だった時代の名残ですね