“お兄ちゃん”が足りない… ―野球JAPAN惨敗の記 2.―

ウチスタ(部屋観戦でドキドキする)

思い返せばWBC*1なんてものは当初、五輪の足元にも及ばぬ胡散(うさん)臭い大会と思われていて、JAPANチームも、声をかけた選手に次々断られるなどして、王監督はメンバー集めに気の毒なほど四苦八苦されていましたっけ。
日本で行われた予選を私はとても楽しみにして、いそいそと観戦に出かけた*2のですが、イチローという大物がおっとり刀で馳せ参じてくれたというのに、どこか乗り切れずにいる選手達が醸し出す硬い雰囲気が、空席の目立つ観客席にまで漂っていました。アメリカでの試合が始まってからも、しばらくは一丸となるような気配がなかったようです。出足に限れば、チームのまとまり具合は今回の五輪JAPANの方がマシなぐらいで、まあいずれにせよ、WBCも、いつ空中分解したっておかしくないようなチーム状況だったわけです。
それなのに、WBC・JAPANが千載一遇のチャンスをものにする*3瞬発力を秘めていたのに対し、五輪JAPANは、何度も巡ってきたチャンスを前にしても、それを掴むためのほんの一歩を踏み出すことができませんでした。
前者と後者では、足元の土台のデキがまったく違ったのです。後者の足元はもう、立っているのも危ういほどグラグラしておりました。
その<土台>というのが、選手間の<三兄弟の構図>だと思うのです。
WBC・JAPANで見事に“上のお兄ちゃん”役を務め上げたのは、もちろんイチローです。いやいや、これにはビックリいたしました。
何しろ、彼は他の選手たちにとってもスーパースター。こういう、雲の上の人と見上げられるような立場は、むしろ群れから孤立しておかしくありません。特にメジャーに渡ってからの彼は、唯我独尊的な言動が伝わってくることも多く、「なんか、浮いちゃいそうだなあ…」という心配が少なからずありました。事実、予選の頃は、子どものようなファン心丸出しのムネリンなど一部の選手の他は、恐る恐る遠巻きにしている選手が多かったようです。ところが、イチローが弟分の選手たちに向ける言葉や態度は、厳しいようでいて孤高の天才の冷たさは無く、茶目っけや温かさを感じさせるヒューマンなものでした*4
時間が経つにつれ、彼はいつの間にか他の選手との垣根をとっぱらって、選手の輪の中心に陣取っていました。さらには親分たる王監督と他の選手とのパイプ役、旗振り役、スポークスマン役から、湿った火薬庫に火をつけるヒール役まで、世の視線の矢面に立つ部分は全て引き受けるという、完璧な長兄ぶり。
じゃあ元からそういうタイプだったかというと、そうでもなかったよなあ、と思うのです。ごく若いときの彼なんて、すぐ照れながら先輩選手の後ろに隠れるような、典型的な弟タイプだったのに…。
歳月が大人にしただけではなく、そういう存在が必要だと考えて、意図的に動いた部分もあったように感じるのです。それにしても、よくぞあんなに感情豊かな、“不調にも観客からのブーイングにも絶対ヘコまず、強気で明るくてガキ大将みたいなお兄ちゃん”をやってのけたもの。今さらながら、彼の並外れた頭の回転の良さと自負心の強さに舌を巻きます。
イチローの“上のお兄ちゃん”ぶりに対し、“下のお兄ちゃん”役の選手だったのは主将の宮本*5です。試合ではいぶし銀のバイプレーヤー選手らしい働きをしつつ、マジメで堅実でマメな世話焼きという役回りをガッチリ引き受けるという、これまた素晴らしい次兄ぶり。
こうしてお兄ちゃん二人が太陽と月のように役柄をしっかり果たしていたから、他の選手達は心おきなく弟役に回って、今自分にできるプレーに集中し、萎縮することなく力を発揮できました。
過去、大きな大会のたびにお兄ちゃん役のプレッシャーに潰れてきた松中*6でさえ、このチームでは“弟”でいられたので、いつものようにチャンスで打ち損ねても、いつものような負の気配に固まってしまうこともなかったのです。
このように、WBC・JAPANでは、当初一見バラバラに見えた選手達の間に、実はきっちりと<三兄弟の構図>ができあがっていました。
けれど、五輪JAPANは、まったくもって前世紀日本野球の遺物というべき<家父長制度の構図>で組み立てられたチームになっていたと思います。
もちろん、監督となった人が、そういうやり方で今までたいしてボロを出さず済んできた、ある意味非常に悪運の強い人物であったということが不幸の始まり。まあ、この方のセンスについては、今ならいくらでも資料が見つかると思うので、ここでは触れません。
とにかく、彼が、“絶対権力者たる家父長的存在として名を揚げる自分”に執着して、こいつなら扱いやすいと感じる選手だけを集めた結果、チームに“お兄ちゃん”がいなくなってしまったのでした。

<続く>

*1:ワールド・ベースボール・クラシックアメリカの旗振りで始まった、メジャーリーガーも参加する野球の世界大会。2006年の第1回大会で日本が優勝。でも、「?」な問題点がまだまだ多い大会です。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%83%83%E3%82%AF

*2:はい、イチロー選手が呆れるほどのボッタクリ価格(主催はNPBではなく読売)だったチケットを買って…。その時には、会社のGファンのおじ様に「そんなもの、よく見に行くね」と鼻で笑われましたけれども。まあ、本当にアジア予選の頃は、野球ファンの中でも、そのくらいの関心度の人が多かったのです。もちろん、そのおじ様は日本優勝の際には、自分の言ったことは忘れたように狂喜しておりましたが…。

*3:びっくりするほど低い確率だった逆転での予選勝ち上がりから優勝。

*4:予選のときの練習で、イチローに呼ばれてキャッチボールの相手をしていたゴリ(ロッテ・今江選手)の、2階席からでもわかる嬉しそうなニヤニヤ顔が今でも目に浮かびます。

*5:セ・スワローズ内野手

*6:ホークス・外野手。広い福岡ドーム本拠地でホームラン30本以上の長打力、コンスタントに3割を打って首位打者争いも常連の強打者。ただ、過去4番を任された五輪や、CS、日本シリーズ等で絶不調に陥ることが多くて、そのプレッシャーに対する弱さが常に話題としてつきまとう、人間くさーい選手。