『ふにゅう』

ふにゅう

ふにゅう

この本は、お父さんの立場から見た出産・育児について描かれた短編5編から成り立っています。タイトルの「ふにゅう」とは「父乳」のこと。最初に収められている「おっぱい」の主人公・洋介はキャリアウーマンの妻が育児休暇を終えて復職するのに合わせて、育児休暇を取得。最初は楽勝かと思っていた子どもとの生活だが、次第に疲れ始める。「母乳」が出れば子育てだってぐっとラクになるし、なんと言ってもあの授乳中の母子の完全なる一体感には嫉妬すら覚える。オレも「母乳」ならぬ「父乳」さえ出れば……というお話。

ここで主人公が取った行動は必死すぎて滑稽さすら覚えますが、途中の一シーンにワタシは激しく拒絶反応を示してしまいました……。主人公は、動物の親が自分の子どもの体をなめ回して慈しむ姿を思い出し、娘との入浴中に娘の体をなめまわすのですよ! まあ、ほっぺにちゅーとかしたくなる気持ちはわかる。だけどさ、だけど! 〈洋介は可愛らしい中央の割れ目にもごく自然に舌先をあてがった〉ってそりゃないよ!(絶句) もちろんイヤらしい意味は一切ないシーンで、純粋なる愛情表現として描かれてはいるんだが、これ、実際にやってたら子どもに意志がない(的確に表せない)だけにセクハラ、あるいは性的虐待とのそしりを免れ得ないのでは……。

他に収録されているのは、出産に立ち会うことになった主人公男性のテンパり具合がリアルな「デリパニ」、「ママと結婚する!」と言い張る幼い息子にジェラシーを覚えてしまう「ゆすきとくんとゆすあしちゃん」、シングルファーザーとその息子とゲイの友人をめぐる「桜川エピキュリアン」、超ウルトラキャリア志向の妻が1ヶ月海外出張、その「ママ不在」期間の顛末を描いた「ギンヤンマ、再配置プロジェクト」。

いずれの短編も主人公の男性は育児に積極的で男女平等主義、妻の仕事にも理解を示す、一見超理想的な夫たち。子どもを愛するあまり、また、妻を立てるあまり、自分のあるべき姿を見失ってしまって葛藤している男性が特に印象的に描かれている。彼らの妻子への献身的な姿勢は時には度が過ぎており、なぜか傍から見ていると「良妻賢母」を目指しているかのようで、まさに「女々しい」という言葉がぴったりくる。読んでて相当イライラしてしまった(笑)。

いくら父親が子どもを愛していても、子どもが幼ければ幼いほど、どうしても母親のほうが必要度(依存度?)は高い。これはもう愛情うんぬんとかじゃなくて、動物として仕方ないこと。母乳は母親しか出せないとかそういうことです。だからこそ、それを逆手に取った「おっぱい」という短編が成り立つわけで。

なのに、それを超えようとする主人公たち。別に子どもに母親は二人も要らない。父と母がいて、それぞれがそれぞれの役割を担えばいいんじゃないか? なんでそんなにまでしてジェンダーを乗り越えようとするんだ? どうして君たちは「おかあさん」になりたがるのか?と疑問を拭えないまま本を閉じたのでした。

ところが、あとから夫にこの本の話をしてみると「わかるよ、わかる!」と言われてしまってビックリ。そうか、ぜんぜん私は「おとうさん」の気持ちがわかってなかったのね! と目からウロコ。子どもがどうしても泣きやまないとき、なんとなく不安定な様子を見せているときなどに「ああ、オレにおっぱいがあれば、この子を安心させてやれるのに!!」と思うそうです(笑)。女々しいとか言ってごめんね。

ちなみにこの本、最近文庫化されました。『おとうさんといっしょ』に改題されてるので、本屋さんでお求めの際はご注意あれ。

おとうさんといっしょ (新潮文庫)

おとうさんといっしょ (新潮文庫)