紅白はまだか

肝、焼ける

肝、焼ける

 ああー、こんなに間が空いてしまった。すみません! 今月からちょっと新しいことを始めようと思っていまして、その準備と前倒しの仕事をこなしていたら3月が終わってしまいました。外はかなりの雨。地面に散っている花びらを愛でる「下向きの花見」ももう終わりですね。
 さて、新人作家というお題なんですが、実はぱっと思い浮かばなかったんですよ。いわゆる「発掘!」的な人が。文芸誌をちゃんとチェックしていればなあ、一作読んで次が楽しみ、という人も見つかりそうなのですが。
 そんなわけで、苦肉の策っぽいんですけれども朝倉かすみさんについて書いてみたいと思います。デビュー短編集『肝、焼ける』が出たのが2005年。これまでに単行本は5冊発売されています。
 かれ、かのじょ、わたし。
 彼女の人称名詞はいつもひらがなです。人の名前も、いつもではないけれどフルネームで書かれることが多い。作品は20代、30代の女性を主人公にしたものがほとんどですが、最新作の『田村はまだか』は40代の男女です。
 小学校の同窓会の3次会でススキノのスナックに流れ着いた彼らは、大雪で到着が遅れている田村久志を待っている。12歳にして孤高の男だった田村。ぼんのくぼが印象的だった田村。28年ぶりに会う彼はいったいどんな大人になっているのか、夜が更けるまでにやってくるのか、という興味を持たせながら、彼ら5人と、スナックのマスター・花輪の人生の断片を綴っている作品です。
 本の帯には「朝倉かすみ。2008年は彼女の年だ。」と力強く書かれています。女性ファンだけでなく男性客もしっかりと掴もうという意欲が見える作品ですが、その狙いは成功していると思います。田村という「男が惚れる男」が、じつにかっこいいんですよ。と言っても彼はいわば裏主人公。なかなか出てこない。読者にも田村を待たせつつ、5人プラス花輪の6人にかわるがわる焦点を当ててゆくという構成。なんとも達者なんですよね。
 この『田村はまだか』は今までで一番ポピュラーというか、読者層を広げた小説だと思いますが、私が一番好きなのはやはりデビュー作の『肝、焼ける』。最初に読んだとき、あの『負け犬の遠吠え』を読んだとき以上に、これ、私のことじゃん、と思い、笑っていいのか困っていいのか分からないような気持ちになったことを今も覚えています。5つの短編が収録されているんですが、じれったい、という意味の北海道の言葉をタイトルにした表題作と、処女のまま40歳になってしまったOLが主人公の「コマドリさんのこと」、そして最後に収められている「一入(ひとしお)」が特に好きです。
 「一入」は、札幌に住む33歳の大野沙都子が、医者に嫁いだ友人、須藤あんぬの住む稚内近くの町に行くところから始まります。
 沙都子は、13年付き合った彼氏に結婚しようと提案してやんわり断られたばかり。そのことを話すとあんぬは、驚きつつあっさりと「次いこう、次」と言う。拍子抜けしたような気分で、鄙びた萎びた温泉旅館にあんぬと泊まった沙都子は、あんぬの「結婚してからずっと〈仮住まい〉な感じがする」という言葉を聞き咎め、こう言います。「何不自由なく暮らしている奥さまの言いそうなことだよね」。するとあんぬはこんなことを言いだす。「大野。紅白歌合戦ってどう思う?」

──紅白歌合戦に出場したら、一生たべていけるって言われてたでしょ。苦節何年っていう演歌のひとが初出場で泣いたりするでしょ。アーティストです、っていうひとでも、親が喜ぶからっていって、けっこう嬉しそうに出場したりするでしょ。でも頑なに出演を拒むひともいるでしょ──。

「でたい? 紅白」
 そう問うあんぬに、沙都子はこう答えます。
「苦節13年だからね」
「出なきゃならないってもんでもないでしょ。むかしほど国民的番組でもないんだし」
 沙都子は、そうだよね、とは言わない。
「でも紅白はやっぱり紅白で、そのへん、辛いとこなんだよね」
 ……わかるなあ、たしかに紅白だよなあと頷きながら読み、出たくなくても出てくださいとオファーが来たら絶対に嬉しいに決まってるしなあ、などと符合する点をいくつも思い浮かべました。結婚を何かに例えることは多いけれど、紅白とは。すばらしい。朝倉かすみ、巧い。 
 そのうち直木賞にもノミネートされるのかなあ。とにかく、メジャーになってもならなくても、新作を追っかけて行きたい作家のひとりです。
 というわけで、次回のお題は「結婚」にしたいと思います。これから6月くらいまでは披露宴シーズンですよねー。結婚がテーマの小説で「これいいよ!」というものをぜひ教えてください。
北村浩子