3月3日(月)ラジオの日の巻

I誌の原稿を書き上げ、送稿した後、TBSラジオへ。「ストリーム」のひと月分(つまり2回分)の収録。わたしと週代わりで同じコーナーに出演している永江朗さんは生で出演しているのに、なぜわたしが録音&編集なのかというと、ディレクターのS条さんに確かめたわけではないのだけれど、きっと生で危険な発言をするのを番組側は恐れているのであろう。大変賢明な措置かと思われる。
今月紹介するのは貴志祐介新世界より』と中島京子『平成大家族』。
アラスター・グレイ『哀れなるものたち』(早川書房読了
アラスター・グレイの名は『ラナーク』(国書刊行会)というマキシミズムの極みにしてハイブリッドのフリークスたるモンスター小説によって、日本でたった3000人と言われる海外文学ファンに認知された、と信じたいわたくしなんではあるものの、いかんせん『ラナーク』は長大すぎたかも。2段組700ページを前にひるみ、諦めてしまった御方は、この『哀れなるものたち』から読んでみるといいと思う。女版フランケンシュタイン物語なので、『ラナーク』よりは取っつきやすいはずだから。
ストーリーは単純明快。アラスター・グレイが記した「序文」にあるように、〈一八八一年二月の最終週に、グラスゴーのパーク・サーカス一八番地において、天才外科医が人間の遺体を用いて二十一歳になる女性を創造した〉その顛末を描いた物語だと思えばいい。とはいえ、曲者にしてホラ吹きにして博覧強記のグレイの小説ですから、一筋縄の語りではすまない。まずは、いかにもまことしやかな「序文」あり。その後、グレイはマイケル・ドネリーという郷土史家が発見した、医学博士アーチボルド・マッキャンドレスという人物が書いた本「スコットランドの一公衆衛生官の若き日を彩るいくつかの挿話」をおいているのだ。それは、貧乏医学生だったマッキャンドレスが、有名医学者の息子ゴドウィン・バクスターと出会い、彼が入水自殺した美しい妊婦の遺体に胎児の脳を移植して蘇らせ、ベラと名づけられたその美女と自分が結婚するまでを記した驚くべき内容を記した文書。この物語がそれはそれは面白いんである。
天才でありながら、すれ違う女性が軽く悲鳴を上げるほど醜いバクスター。〈わたしを必要とし、賛美してくれる女性を賛美することがわたしには必要だった〉と語る、心優しい醜男たるバクスターは、身体は成熟した女性なのに頭と心は赤ん坊のようにまっさらなベラに無償の愛を捧げるのだ。その姿は映画『マイ・フェア・レディ』の粉本であるバーナード・ショーピグマリオン』の音声学者のようであり、本田透電波男』で解説されるアニメの美少女を脳内彼女に仕立てる二次元萌えオタクの喪男のようでもある。ところが、少しずつ知性を身につけ、見聞を広げていったベラは奔放な男遊びに走るようになり、バクスターを悲嘆にくれさせる。やがて、ベラの元夫が現れて――。
ね、かなり面白そうな物語だと思いませんか。けど、グレイがただ面白可笑しいだけの小説を書くはずがない。グレイはこのマッキャンドレスの手記の後に、後年ヴィクトリアと名乗るようになり、医学博士の資格を取ったベラが書いた「1974年に存命中の子孫のうち最も年嵩のものに送る手紙」と、グレイによる「批評的歴史的な註」を用意しているのだ。その2つのテキストが本篇にどのように作用するかは、自分で確認されるが吉。

哀れなるものたち (ハヤカワepiブック・プラネット)

哀れなるものたち (ハヤカワepiブック・プラネット)

で、だね、こんな風にブックガイドみたいな文章を書いているわけだけど、4月15日現在のわたくしは遡ること1ヶ月の間、いつ何を読了したかなんてことは実はまったく覚えていないんである。なので、今後ブックガイド的言説を挿入していったとしても、実に適当に配しており、読んだのにここにはアップしない本も存在すると思ってほしいんですの。